「オムツ介護が嫌で、20代は高齢者福祉には寄り付かない」という現実を乗り越える経営者が生き残る

2019年08月03日

福岡県での一コマ。高齢者福祉専業社会福祉法人の理事長「高齢者福祉は、大変。もはや介護職の雇用は壊滅的だ。障害者福祉はいいですよね。支援者の身体的負担が楽だから、人は雇用しやすいんですよね。」
障害者福祉専業社会福祉法人の理事長「障害者福祉は専門性が高いし、理論、根拠ある支援を行うことから、こちらの方が大変だと思いますよ。高齢者福祉は理論的な専門性はないのですか?」
高齢者福祉専業社会福祉法人の理事長「うーん、色々研修は、行ってると思うよ。こっちは、若い子がオムツ介護を嫌って、応募して来ないんだよね。」

そんな会話がありました。実話です。

もしかしたら、高齢者福祉・介護に人材が近寄らない現在を作ったのは、高齢者福祉・介護事業の経営者本人かもしれません。介護保険法における自立支援の、定義三原則を、高齢者の選択権尊重のみに、矮小化してきたツケがブーメラン状態になっているわけです。寝たきり老人ゼロ作戦、オムツゼロの理念を捨てて発展した介護保険制度、経営者に時代が制裁を与えているかのようです。

 確かに、厚生労働省は介護保険法施行後の2000年から2005年頃を除いて以後は、あまり中重度の要介護高齢者の身体的再自立について政策的な戦略が皆無であったことから、お上が何も言わないから、経営者側も経営判断しなかったこともあるかもしれませんが、「理論なき介護」、「入居者・ご利用者の健康の改善・回復から逃げ続けた介護」、「介護の質を選択権」だけに限定した路線、先送り路線は、生産人口減少社会では通用しなくなっているという不都合な現実を我々は目の当たりにしています。

厚生労働省の国立社会保障・人口問題研究所は8月2日、2017年度に年金、医療、介護などに充てられた社会保障給付費が前年度比1.6%(1兆8353億円)増の120兆2433億円だったと公表しました。これで初の120兆円台に達し、過去最高を更新です。このうち介護については4.1%増の10兆1016億円です。

介護人材の処遇改善加算等の予算の影響もありました。2040年に向けて団塊の世代の看取り期に向けて、特に2022年度以降のさらなる急増は免れないことを考えれば、財務省国税庁に定めによる「特定公益増進法人」である社会福祉法人が「自立支援介護=科学的裏付けに基づいた介護」への取り組みにより、中重度の要介護高齢者の健康改善・要介護度の軽減に取り組まない選択肢はありません。

今こそ非課税措置法人の自らの立場・位置を振り返るべきです。

社会福祉法人が財務省国税庁の定めにより「特定公益増進法人」である理由は、社会福祉法人は国家に、国民に、地域住民に非課税措置に値する「有益性」を与えている、そのような「存在意義」を獲得している、獲得するということを前提としていることをゆめゆめ忘れてはならないと思います。ちなみに大1種社会福祉事業を担いっていることで、公益性や存在意義があるという見解は、内閣法制局や最高裁判例において、消極的に解されていることから、それらの主張は時代遅れと言えます(措置事業であってもです)。

 生産人口減少社会では、社会福祉に関わる各業界団体の存在意義も問われてくると思われます。問われるものは「共益性」ではなく「公益性」でしょう。

「共益性」とは「仲間のため、業界の利益追求のための組織であることを性質とすること」、です。「公益性」とは「不特定かつ多数の者の利益の追求のために存在する性質」です。

 要介護度の改善は、高齢者の尊厳と関係がないというような詭弁は捨てて、各会員の経営者が介護の専門性の追求だけを見て経営判断できるように誘導してあげる役割であるべきではないでしょうか。人口が大増加し続けていた過去の40年間の日本と、今から40年間の日本の環境はパラダイムシフトを起こしているのですから、業界団体にも「変化」が求められます。大切な会員=経営者を泥舟に乗せてはなりません。マネジメントの大家であるP・F・ドラッカーはこのような言葉を残しました。「21世紀に重要視される唯一のスキルは何か?

それは、新しいものを学ぶスキルである。変化はコントロールできない。できることは、先頭に立つことだけである。」

 

 

介護の専門性は、特に「排泄自立支援」で顕著です。理学療法士、作業療法士等によりリハビリでは、特に可動域訓練の時間が割かれ、排泄自立に関わるリハビリの実施比率は大変低いことが平成27年の厚生労働省調査で明らかになっています。その辺りの専門性は、介護職マターということになりましょうか。

社会福祉法人協同福祉会(奈良県大和郡山市)あすなら苑園長の大國康雄氏著作「人間力回復〜地域包括ケア時代の10の基本ケアと実践100」では理事長の村城正氏が、次のように語っています。

『私たちは何のために介護をするのか、そのためにどういうケアや介護者が必要なのか、そのことが最も重要だと考えています。(中略)私たちは、介護とは、人を「介し」尊厳を「護る」ことだと考えています。人は誰でも、最期まで自分らしく、人間としての誇りを持っていきたいと願っています。一人一人にはその権利があり、保証されていなければなりません。したがって、その人が自立して生活していくための支援をすることが職員の役割であり、かつ個人の尊厳を護り尊重していくことがもう一つの職員の役割だと考えています。オムツほど、個人の尊厳を傷つけているものはないでしょう。だから、私たちはオムツをしないケアにこだわっており、またそのことが可能であることをこの本で明らかにしております。』

東京大学名誉教授で社会学者の上野千鶴子氏は「家族にように〜という介護サービスをPRする言葉は大嫌い。家族の代用品ということは自ら2流であることを言明しているようなもので恥ずべき。」というコメントを地上波TVでコメントし、反響を呼びました。また、奇妙なタイミングで、日本経済新聞や先般の6月には、サンデー毎日など、要介護度の軽減に係る記事が掲載され、国民の目に触れ始めています。新聞や週刊誌のヘビーユーザーは団塊の世代です。国民から問われる前に、経営者自らの経営判断で、「経営戦略としての自立支援介護・要介護度軽減のための理論に基づいた介護」のノウハウ導入教育を急がれる必要があるかもしれません。