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2021.02
  • ブログ2021.02.10

    言うに及ばず介護保険制度は「共助」である。「公助」ではない。
    「共助」とは、「介護保険などリスクを共有する仲間(被保険者)の負担」であり、厚生労働省のシンクタンクである「地域包括ケア研究会報告書(平成25年度版)では、さらに次のような定義づけがされている。

    「(前略)なお、共助とされている介護保険制度自体も要介護者等が「尊厳を保持し、有する能力に応じ自立した日常生活を営むことができるよう」支援するもので、国民も「自ら要介護状態となることを予防するため、加齢に伴って生ずる心身の変化を自覚して常に健康の保持増進に努めるとともに、要介護状態となった場合においても、進んでリハビリテーションその他の適切な保健医療サービス及び福祉サービスを利用することにより、その有する能力の維持向上に努める」ものであり、一人一人の「自助」を基礎に成り立っている

    このことから、高齢者の「自立支援・重度化防止」、介護保険上は「要介護度の軽減」を目指すことが法的に規定されているわけだが、介護保険制度の今までの20年間は、米国のトランプ前大統領の名台詞の様相を呈してきた。
    「事実(Fact)など意味はない。意味があるのは多くの意見(Opinion)のみだ。」。
    もちろん多様な意見は尊重されるべきだし、S N Sのネット民のように「賛成」「反対」の2つの道しかない世界は不潔であり、知性がない。問題は、国民の利益=公益の観点が制作判断にあるか否かである。

    安倍前首相のやり残したことの中に、「従来型のお世話型介護から自立支援介護にパラダイムシフトを起こす」というものがあった。
    このやり残しに対する厚生労働省の2回目の回答が、2021年介護報酬改定であるといえる要介護度の軽減を介護保険制度の介護報酬の高低浅深に持ち込むと、いわゆる「クリームスキミング(要介護度を改善しやすそうな利用者ばかりを抱え込む事業者が出るのではないか?)」や「自立支援は身体的なことのみではない」との多様な意見があるが、筆者は、介護保険制度下で公的なお金を収入として受け取るのであれば、言い訳は横に置いて、利用者・入居者及びそのご家族が、「重度の要介護者の身体的再自立を望んだ場合」にプロとして当然のその支援をし、アウトカムを実現する専門性を持ち、本人が「お世話型介護」で良いのか?「身体的再自立支援介護」が良いのか?を選択できる法人に介護の質レベルをあげておかなければ、負け犬の遠吠えであると考える。
    意見は多様かもしれない。
    しかし、その意見の妥当性は、そのまま国民の「Q O L(生活の質)」に大きな影響を与える。
    国民を犠牲にする、国民の尊厳を守れない政策決定がなされても誰もどうしようもないのだが、国家的な歴史に禍根を残し続けることだけは確かだろう。森鴎外先生のように。

    森鴎外は、作家として誰もが知る文豪であるが、彼には文豪とは異なる重要な別の顔があった。陸軍の軍医である。
    明治から昭和の初めにかけて、脚気と結核は日本人の二大国民病といわれていた。
    人口3000万人の時代に、毎年100万人もの人が発病し、数万人の死者を出していたそうである。
    そしてこの頃脚気の原因については、日本国内で大きく2つの説が唱えられていた。
    1つは海軍の軍医、高木兼寛(1849〜1920)を中心とした「栄養不足説」、そしてもう1つが文豪として知られる陸軍の軍医、森鴎外(1862〜1922)に代表される「伝染病説」であった。
    当時、日本は医学を学ぶ場合、ドイツ留学が主流だったが海軍だけはイギリス留学という違いがあった。
    高木はイギリスには脚気に罹患する率が存在しないことを知り、その原因を栄養豊かな「洋食」にあるのではないかと考えたそうである。
    実際、海軍で白米中心の食事から洋食に切り替えたところ、脚気患者の数は見事に減少。
    この時、脚気予防の洋食として取り入れたのがカレーライスである。
    脚気がなかったら日本流のカレーライスは存在しなかったかもしれない。
    しかし、森鴎外ら陸軍の軍医たちは「脚気は伝染病で。食事なんて関係ない」と言い張った。
    そして迎えた日清戦争と日露戦争で、日本軍は悲劇的な自体に見舞われる。
    日清戦争では戦闘による負傷が原因で亡くなった人が453人に対し、脚気にかかった人(兵士)が48,000人、このうち2410人が脚気で死亡。脚気にかかった人はなんと212,000人。そして28,000人もの兵士が脚気で亡くなった。
    森鴎外ら陸軍軍医はなぜ自説にこだわり。このような悲劇に国民を巻き込んだのか?「権威の思い込み」である。
    哲学者ベーコンは、「権威の思い込み」を「劇場のイドラ」と名付けている。
    ドイツ医学に拘った陸軍は「証拠より論」、イギリス医学は「論より証拠」だった。
    (以上、参照出典「ミライの授業」<瀧本哲史 著>)

    権威や業界の常識、多数意見を疑うことができるか?事実をベースとして国民視点で深く思考し政策決定を行うことができるか?今、まさに、国に「知性」と「公益性への追及の本気度」が求められている。
    (ちなみに業界団体の利益を「共益」という)

    最後に、2020年3月16日開催、社会保障審議会介護保険給付費分科会の日本医師会常任理事である江澤委員のご意見を紹介して終わりたい。

    「「(前略)そういった中で、介護保険法の第1条、第2条に示されている理念、すなわち尊厳の保持と能力に応じた自立、いわゆる尊厳の保持と自立支援でございまして、いま一度この原点に立って、しっかりと利用者の視点に基づいた議論が必要だと考えております。特に軽度者の重度化防止、あるいは中重度者をしっかり支えるという視点は重要であると思っておりますし、その中で誰もが生き生きと人生の最期まで社会参加できる共生社会のもとで、どうこの介護保険制度をうまく活用していくのかということが重要だと思っております。 特に尊厳の観点から申しますと、これは万人共通だと思いますが、誰もができる限りおいしく口から御飯を食べたいわけでありますし、排せつは当然誰もがトイレでしたいわけでありまして、最初からおむつをしたいとか、あるいは尊厳の保持を著しく損なうものとして多床室でポータブルトイレを使用させられるとか、そういったことは決してあるべきではなく、あってはならないと思っております。入浴に関しても、やむを得ず機械浴、リフト浴を利用されていると思いますけれども、本来、最初からそういったお風呂を希望する方はいらっしゃるはずもなくて、誰もが気持ちよく肩までお湯につかりたいと思っているところでございます。」特に我が国においては、諸悪の根源でございます寝たきりをいかに撲滅するかということは非常に重要な観点でございまして、寝たきりによる廃用性の機能低下は十分回復する余地があります。したがいまして、そういった視点でいろいろ議論がなされることを期待しております。特にそうすると、基本報酬部分で何をするかということは非常に重要なこととして問われるのではないかと思っております。
     それから、介護報酬の中には数々の加算等がございますけれども、加算を算定することが目的ではないのは当然でございますし、あるいは連携に関する加算も多々ありますが、連携することが目的ではなくて、そういった取組をすることによって、本当に御本人の自立支援に資するものであるのかどうか、あるいは尊厳を保持することにつながっているのかどうかという視点で検討が必要ではないかと思っております。」

    介護保険法の関連規定 介護保険法の関連規定